INTERVIEW 建築家インタビュー 02
レッドシダーの可能性を楽しむ
建築家
伊藤 暁
これまでと違うレッドシダーの使い方
――高広木材と伊藤さんが出会うきっかけは、どういったものだったのでしょうか。
渡辺健人(高広木材 代表取締役 専務・以下、渡辺):伊藤さんと初めてお会いしたのは、うちのストックヤードに見学に来てくださったときですよね。
伊藤暁さん(伊藤暁建築設計事務所 主宰・以下、伊藤):そうですね。具体的な用途が決まっていたわけではないけれど、レッドシダーには興味がありました。その後、この住宅をつくるにあたって、外壁やデッキにレッドシダーを使えないかということで、改めて話を聞きに行ったんです。
伊藤:レッドシダーって比較的高価な木材で、道路側の外壁の一面にアクセントとして使うもの、みたいなイメージがあったんです。けれどストックヤードにお邪魔してみたら、木目もサイズもさまざまなものがあって。そこで眠っていた未活用材を見せてもらったとき、外壁はこれで仕上げられるんじゃないかってことになったんです。
大工さんも最初は「こんなにたくさん使っていいんですか?」って戸惑ってましたよ。ツルッと製材したものよりも、素材感みたいなのがぐっと前に出てきて、すごくいいなと思うんです。
伊藤:デッキも、最初はこんな感じにするつもりはさらさらなくて。ふつうに厚さ3センチくらいの材を探そうと思っていたんです。
渡辺:だけど伊藤さんが来るなり、うちの社長が「これどう?」って、大きな無垢板を持ってきて。
伊藤:これだけの幅や厚みがある材料って、めったにお目にかかることがないのでびっくりしました。レッドシダーってこんなのも採れるんだって。おもしろいものに巡り合ってしまったからには、いい使い方を考えたい。結果、ほかではあまり見ないデッキができました。
色の感じもいいし、外壁で使っても安心ということもあって、ほかの仕事でもレッドシダーを使わせていただいています。レッドシダーって木材のなかでは比較的価格が高いとはいえ、それだけの理由で選ばれないのはもったいない。今の製材や流通の仕組みとちょっと合わないだけで、見過ごされている魅力がいっぱいあると思うんですよね。
設計者として僕なりの選球眼みたいなものをもっと磨いていくことで、まだ評価されていない可能性みたいなものを見つけられたら、すごく楽しそうだなという気がしています。その気付きをもらったのが、この住宅だったんです。
仕組みから一歩出ることで、広がる視点
――伊藤さんは素材も用途も、さまざまな空間をつくっていらっしゃいます。設計をしている際、どのようなことを大切にしているのでしょうか。
伊藤:僕がおもしろいと思っているのは、今まで見過ごしてきてしまったようなもののなかに価値を発見することです。レッドシダーでいうと、一般的なイメージは、すごくきれいに製材されて節がないものが外壁に使われているという素材であること。けれどこの仕事を通して、それとはまったく違うレッドシダーの価値を提示することができたと思うんです。
伊藤:新しいものをつくるのも大事だけれど、限られた資源のなかでどうやって豊かに生活するか。そう考えたとき、人が気がついていなかったものに光を当ててその価値を発見することが必要だと思うし、僕自身もそれが楽しいんです。
――その考え方は、いつ頃から取り入れるようになったのですか。
伊藤:それでいうと、徳島県の神山町で仕事をさせてもらったのが僕にとっては大きくて。
伊藤:神山ではえんがわオフィスやWEEK神山などを担当させてもらいました。WEEK神山では、直径30cmくらいのヒノキの丸太を使うことにしたんです。図面に描くのは2秒くらいでできるけど、日本の材木市場ではそんなに売ってないものなんですよね。
渡辺:規格材の寸法ではないので、流通している数は少ないと思います。
伊藤:それを22本も使う図面を描いたわけです。どうやったら手に入るのかさっぱりわからないまま、町の製材所に行ってみたんですよ。「こういうのって、原木市場とかで手に入るものですかね?」って聞いたら、22本は無理だって。そうだよなってがっかりしていたら、「なんで市場で買おうとしてんの?そこの山に生えてるから切ってくれば」って言われたんです。
もうね、びっくりしました。僕のなかでは、木っていうのは市場で買うものだったんですよ。こんなにスギやヒノキに囲まれた町で図面を描きながら、市場に来る前の木の状態を1ミリも想像できていなかった。いかに自分が用意された木材流通の仕組みの中でしかものを見ていなかったかを突きつけられました。そもそも木はそこに生えている。自分が当たり前だと思っている仕組みから一歩踏み出してみると、すさまじい可能性が広がっているということに気づいたんです。
伊藤:田舎って都会に比べて価値が低いとか、遅れてるとか、そういうあらぬ誤解が蔓延してると思うんです。だけどね、神山で仕事をするなかでいろいろな人と触れて、自分の目がいかに節穴だったか思い知る。自分の視野がいかに狭かったかを痛感する日々でした。
そこからは常に、俺はなにかを見逃していないだろうかということを意識しながら生きている感覚があります。広い視点から建築を考えることは、建築家として僕の表現のひとつになるということもありますが、単純に、そういう世界をウロウロするのが楽しくてしょうがないんです。レッドシダーを見ても、こいつが持っている可能性を探すことに興味が向いているんだと思います。
自然のばらつきを楽しめる建築
伊藤:高広木材さんと出会ってから、僕自身はレッドシダーについていろいろ教えてもらって、さまざまな使い方ができることを楽しんでいます。ただビジネスで考えると、規格を揃えてカタログをつくって販売するというのが一番楽じゃないですか。個別対応は手間もかかりますよね。
渡辺:僕らが扱っているものの多くは規格品ですが、それだけ扱っていても、ウエスタンレッドシダーだけで事業を続けていくのはむずかしいと思っているんです。節があったり等級としては低くても、いい材はたくさんある。規格品をつくるためには、たくさんの規格外のものが出てきます。そういうものもきちんと扱って、価値のひとつとして伝えていく。おっしゃる通り、そこには手間も時間もかかりますが、やっぱりこの木が好きだからもっと知ってほしいんです。
伊藤:自分が扱っているものに愛着があるかどうかは、すごく大事だと思いますね。売れるか売れないか、金額だけで判断していると、樹種や性質などが二の次、三の次になってしまう。こんなにたくさんの種類の木材があるんだということが見えなくなってしまうのは、すごく寂しい世界だなと感じるんです。
木って自然素材だから、ばらつきがあるわけですよね。その樹種が持っている魅力をどうやって建築なり家具なりに取り込んでいくかが、僕らの仕事のひとつだと思っています。
渡辺:その点でいうと、ウエスタンレッドシダーは特にばらつきが多い木材です。植林されたものもあれば、天然木もある。100年200年のあいだに、曲がりくねってねじれてきた木の色や木目が均一になるわけがなくて。ただ、見た目にばらつきがあっても性能は同じなんですよ。
自然なものだからこそばらつきがあるということを、素直に提案していきたい。伊藤さんのように、そこに共感していただける方がいると、すごく嬉しいし心強いです。
伊藤:均一で完璧なものだけが正解ではなく、ばらつきも含めて楽しめる。そういうおおらかさがもっと社会に広がるといいですね。
設計をしていると、完成したら終わり、完璧な状態で竣工して引き渡すというところに意識をフォーカスしがちです。だけど、建築ってつくった後が大事なんですよ。使いにくかったらちょっと手を入れて直すとか、傷んできたらメンテナンスするとか。そこで過ごす人が場所や環境と一緒に成長していけるようなものが、建築として健全な姿かなと思うんです。
渡辺:「ウエスタンレッドシダーだけを専門に扱っている」と言うと、よくそれだけでやっていけるねって言われることがあります。けれど、レッドシダー1本に絞っているからこそ、多様な製品、等級、サイズを在庫することができているんですよね。
伊藤:ストックヤードを拝見するだけでも、レッドシダーっていろんな表情があるんだとか、そういうことがわかるじゃないですか。ハイグレードで潤沢な予算がないと使えないということではなくて、いろんな幅があって、さまざまな使い方ができる。すごく可能性を感じています。自分の目で木材を直接見ないと、その良さってなかなか伝わりにくいのかもしれませんね。
渡辺:見て知ってもらえさえすれば、価値や魅力を感じてもらえるっていうなかば確信めいたものがあるんです。こうやっていろいろな建築家の方と話して、作風のひとつとして使っていただくことで、可能性が広がると思っています。
伊藤:僕らも楽しませてもらっています。伐採や加工をしている現場ではどんな仕組みで木材が扱われているかを知るために、いつかカナダやアラスカも見に行ってみたいです。これからもよろしくお願いします。
建築家
伊藤 暁いとう さとる
1976年 東京都生まれ
2002年 横浜国立大学大学院修了
2002年~2006年 aat+ヨコミゾマコト建築設計事務所
2007年 伊藤暁建築設計事務所設立
2017年~ 東洋大学准教授